将棋の「強さ」とは、即ち「終盤力」といえるのでしょうか。
また、将棋の終盤とは実に奥の深いものなのでしょうか。
大山十五世名人と中原十六世名人、そして現在の谷川九段と羽生三冠は、いずれも「時代を担ってきた者」と「時代を受け継ぐ者」の関係にあります。大山将棋は類まれなる受けの強さ、中終盤の粘りにありますし、谷川将棋はやはり終盤の鋭い寄せにあります。対して、中原さんや羽生さんの将棋は序盤から終盤まで、一貫して安定しているという感じですね。このような棋風から、勝負としては「『受け継ぐ者』が序盤でリードを奪い、『担ってきた者』が中終盤で追い上げるが、及ばず敗れる。」という図式が考えられるところですが、実際は―
大山十五世名人は全集のコラムの中で、「ふと不思議なことに気がついた。私は他の棋士に対しては逆転勝ちが多いのだが、中原さんに対してだけは逆転負けが多いのだ。」谷川九段もインタビュー記事の中で、「私の将棋は逆転勝ちが多いのですが、羽生さんに対しては逆転負けが多いのです。」
また、私の知っている全国クラスアマ強豪は中終盤の腕力に定評があるのですが、某プロ棋士(中位者)とよく指すようです。曰く「先生とやるといつも終盤でやられるんだ。最初は自分の方がいいんだけど、おかしいな。」しかしそのプロ棋士は、特に終盤が強いという話は聞きません。
いろいろ書きましたが結局、将棋がどれだけ強いか、というのはどれだけ終盤力があるか、ということになるのでしょうか。また、それほど将棋の終盤というのは奥の深いものなのでしょうか。羽生さんは以前、「終盤は誰が指しても同じだからつまらない」ということを言ったことがありますが、とんでもない。終盤こそ、その将棋指しの実力が如実に表れるものでは。私はアマ低段者ですが、アマ高段者の終盤は全然違うはずですし、またプロの中・低位者の終盤もそれとは違う。さらに、トップ・プロの終盤も全然違う。将棋の終盤というのはそれほど懐の深いものではないかと思うのでですが、どうでしょうか。冗長になりましたが、ご意見をお願いします。
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極論だと思いますが、私もトッププロの世界では終盤力なのかなと思うことがあります。
特に最近、相当な強さを誇っている羽生さんも、渡辺さんには苦戦しています。
2人の試合を見ていると、渡辺さんの終盤の粘り強さを感じます。
完全に想像ですが、トッププロがそれなりの時間を持って戦う場合、序盤中盤でそれ程差がつかないのではないでしょうか。指しやすい局面という表現がありますが、指しやすいと言っても、有利であるわけでは無い、といった感じでしょうか。
羽生マジックという言葉がありますが、終盤の入り口に底知れぬ沼があるように感じることがあります。最近はプロが序盤中盤は徹底的に研究しているので、そこを抜けたあたりに力量をみせつける瞬間があるのかもしれませんね。
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一般的に将棋は終盤力だと言われますが、将棋の強い者(プロとかアマトップ)が一番重要視しているのが『序盤』です、序盤で指し易くなっても終盤で逆転されることはありますが、そのまま勝ってしまうほうが遥(はる)かに多いです。私どものような普通のアマチュアだと序盤の構想力は余り関係ないので中盤・終盤の力で勝負が決まります、将棋は終盤が特に深いと言うことはありません、「序盤」で指し易くしてそれを具体化さすのが「中盤力」有利な局面を勝ち切るのが「終盤力」です、序・中・終それぞれが大変深いと言うことです。
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>将棋がどれだけ強いか、というのはどれだけ終盤力があるか、ということになるのでしょうか。
なぜそのような疑問を持たれるのか私には理解できません。
たとえば、「序盤・中盤は初心者、終盤はコンピュータ並」の極端な人が居たとします。この人がアマチュア初段と対戦した場合、どのくらいの勝率になるのかを考えれば、答えは自ずと解るはずです。
「終盤力」は、「将棋の強さ」に対する「必要条件」ですが「十分条件」にはなりえません。
そうでなければ、将棋を生業とする大の大人たち、百数十人が、あんなに序盤に血眼になる筈がない。
「大山が中原に負けた」「谷川は羽生に逆転負けが多い」のは、「年齢」とか「気の緩み」など「終盤力」とは違う(「身体」とか「精神」とかの)要因が影響していると思いますね。
また、羽生さんの「終盤は誰が指しても同じだからつまらない」という発言は、「終盤での他人との差が付けにくさ」・「序盤整備の必要性」・「コンピュータ技術の発展」を意識した発言だと思います。
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かつて升田幸三が「指し手の20手目から30手目くらいに一番関心がある」というようなことを言っていたようです。将棋の強さとは、序盤であり中盤であり終盤であると思います。それぞれに奥が深くまた興味深い。序盤の研究、中盤での大局観も将棋の「強さ」に入れるべき大事な要素だと思います。
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